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■ミンネスルンドの連帯・共同の哲学
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墓の管理問題や経費といった理由の他に、ミンネスルンドの背後にある連帯・平等の哲学に共鳴して、ミンネスルンドを選択する人もいます。
先の調査では、選択動機として「ミンネスルンドは連帯と平等な価値を表現しているから」といった思想的・精神的な価値を揚げた人が15%にのぼります。
いかに埋葬されるかは、<死者>にとっては、死後の永遠の時間をいかに「生きる」か、別れた人々とどの場所で再会するかといった意味が含まれています。
「死にゆく者」がミンネスルンドを選ぶことは、家族関係を超えて、一挙に「共同性」の世界に入ることを意味しています。
▼フォーヌス葬儀社の部長
グンナー・フレデリクソンさん (男性35歳)
「葬儀のあり方はその社会の変化と関連していますね。合理化が進み、通夜や法事はありません。参列者は花を持っていくだけです。参列する人も少なくなっています。昔は地域や親族の関係が親密でした。福祉が進み、たとえ家族がいなくても生活が保障される社会になりました。自分でそれほど人間関係を作らなくてもやっていけます。これは進んだ福祉の良い面でもあり、悪い面でしょう。今は、家族は精神的な面で必要とされているだけです。」
スウェーデンでは、社会組織の基本単位が<家族>でなく<個人>に置かれています。家族は生存していく上で不可欠な存在ではなくなりました。
人々は家族の呪縛から解放されました。しかし、逆説的にいえば、人々は家族の絆を絶対視して依存することができないことを意味します。
家族に多大な負担をかけるよりも、公的にあるいは社会的に保障してもらおうという意識が強く、国家や地域社会への依存性が高まっていきます。
人々は、家族の枠組みを超えた社会的連帯を志向し、死後の世界においても、<家族>の関係を超えた<共同性>の関係に身をゆだねようとしています。
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